自己紹介

40歳になって、久しぶりの健診で子宮頸がんが発覚。 2011年1月に円錐切除術をおこない、上皮内腺がん(腺がん 0期)と診断されました。 治療記録もかねて、日々のことつらつら書いてきます。

2010年12月2日木曜日

術前のオリエンテーション

今日も仕事を抜け出して、慶応病院へ。
今日はオリエンテーションだ。

午後の病院は、午前中とまったく様相が異なり、
人がほとんどいないことに、驚く。

今日は、顔面麻痺になった父が、その検査のために慶応病院にMRIをとりにくることになっているはずだ。
しかし、いつくるのか時間を聞き逃した。
病院で鉢合わせ、ということは避けたい。
まわりをきょろきょろ、すぐ隠れられるように壁伝いにあるく。
挙動不審だ。

14:30~15:00
看護相談
(看護士による入院についてのオリエンテーション)

15:00~16:00
麻酔科で、麻酔の説明


看護相談では、かわいい看護婦さんが、持参するものの説明。
あと、クリティカルパスというので、入院中の日程をざっと説明してもらった。
手術するときの格好とかも絵で見せられた。
結構、無防備になるんですね・・・。

麻酔の説明は、10人ぐらいが1部屋に入って
麻酔の説明ビデオを見た。
へぇ、こんなんあるんですねぇ。
看護士の友人Kによれば、結構作られるものらしい。
「スタッフが台本見ながらやるんだよ」っていっていた。

その後に、一人ずつ麻酔医と面談。
担当の麻酔医は若い男の先生で、はきはきしてて
いい感じ。

先生「ぐらぐらしてる歯はありませんか?」

私「は?」

なんでも、麻酔中に気道を確保するために入れるチューブだか管だかの出し入れのときに、歯にぶつかって歯が折れることがあるらしい。

ふぇ。

まぁ、いろいろ説明してもらえるのはありがたい。
何が自分に起こるのかわかるから。
とにかく、今回が人生初めての入院&手術なので、不安はあるが、無事に終わることを祈ろう。


この日、何に腹たったって、夫だ。
夜、少しでも気分を盛り上げようと、会社帰りにおすしを買って帰宅。

夫はもう寝ていたが、まぐろがあること聞きつけて起きてきて二人で食していた。

夫「で、今日どうだった?」

と聞いてきたので

病院にいって麻酔の説明きいたって話し始めたら

「おいしいおすし食べてるときに聞きたくない」
と拒否された。

拒否!!
いかがなもんなんでしょう、拒否って!?

食べ終わった後に「さっきはごめん、どうだったの?」
と聞いてくるのかと思いきや、
アメリカに移住した元カノからメールが来た、と言って
チャットをはじめやがった。
ずっと。
「アメリカいってから初めて連絡きたから」
と。

もう、腹が立って腹が立って。

あぁ、結局こいつは他人なんだ。
人の痛みには鈍感なんだ。

脱力した。

だから、入院のときにやっぱりこいつだけがそばにいる、っていうのは
ホント心もとない、という
いたって自己中心的な考えで、やはり両親に言おうと、新たに思った。

あとはいつ両親たちにいうか・・。

2010年11月30日火曜日

親にいつ伝えるか?そもそも伝えるか?伝えないか?

術前の結果も出たし、
あとの問題は、いつ親兄弟に伝えるか、だけだ。

手術することも決まったし、病名も一応きまったんで、
伝えたほうがいいかなぁとおもってるんのだが、
夫がすごく反対している。

心配かけるから。
病気ってすごく個人的なことだからって。

"じゃ、あなたの妹ががんで手術するときに、
妹がなにも知らせないで手術して、
後でそれをしったときに、あなたは兄弟として悲しくないか?"
ってきいたら、だまってた。

社長さんは伝えるべきだといってた。
私も伝えるなら、手術までまだ時間がある今だと思ってる。
直前にいわれたほうがパニくると思うし。

結構伝えるつもりで心を決めていたのに
う~ん、どうしようとまた悩んでる。

組織診の結果 いよいよ

やっと、やっと30日になった。
組織診の結果だ。

今回は、診察室に入室すると、
先生がにこやかにいった。

先生「お待たせいたしました。やっと最初の紹介状にあったような診断結果が出せました。」

先生の言い方に思わず笑ってしまった。
そりゃよかった、やっと結果がでたかと。

先生の診断結果は

扁平上皮がん 0期

で、いよいよ円錐切除をすることが決定。
扁平上皮ガン 0期って、上皮内がんのこと。
よかった。
とりあえず0期でよかった。

ただ、今回の組織診でもやっぱり少し
腺がんの異型性がみられる。
でも腺がんかどうかまでは現在判断できないので、
これは円錐切除した組織を検査して
判断する、とのこと。

円錐切除で、切り取れていれば
そこで治療はいったん終了。
もし見立てより進んでいるようなら、
その後、再度治療計画をたてる、ということでした。

術後、扁平上皮ガン 0期 より、実は悪かった
という確率は何%か、ってきいたら、
"慶応病院のデータでは1%"
っていってたんで、ちょっと安心(笑)。

手術も、先生がするか、または先生と同等レベルの先生
(HPで名前がでてる先生たち)がします、とのこと。
手術日は、まだ予定がわからないけど、
T崎先生の場合は、木曜日っていってた。

慶応病院の場合は、3泊4日の全身麻酔による
円錐切除手術となる。
退院は土曜日だ。

術後は2週間安静っていわれたんだけど、
これって結構ながくない?

「日帰り手術するところもあるらしいですが、
それでもそれだけ安静が必要なんですか?」

ってきいたら、やっぱりレーザーで焼くから
動くと血がでるし、階段のぼったり重いものもったりはだめ。
とのこと。

細胞診の結果がでてから、ここに至るまで、約1ヶ月半。
結構ながかったからか、思ったより気持ちが落ち着いていて
いろいろ聞けた。
聞きたいことをメモしてたのもよかったかも。

「HPV型は検査しないのですか?」
ってきいたら、
「それは予防的措置をとるためにするもので、
あなたの場合は、もうそのレベルじゃなくがんだから、
検査はしない」
って。
がんに対してどう処置するかを検討するほうが重要だから、
といっていた。

なるほど。

で検査聞いた後に、
術前の検査で、心電図、胸部レントゲン、検尿、採血して返ってきた。

採血!
200人ぐらい順番まってました。
もっと窓口増やしてください。

2日に麻酔医の説明と、入院のためのオリエンテーションがある。

なんか安心したんだか、緊張がとぎれんたのか、
昨日は病院から事務所に戻ってから眠くて眠くて。
帰りの電車でも、ほんとに珍しく寝ほうけて、
あやうく降りすごすとこだった。

2010年11月24日水曜日

父の顔面麻痺

週末にかけて、
うちの父が左顔面が麻痺しはじめて、
脳梗塞じゃないのか、救急外来いったほうがいいのかとか
母と電話で、夜中にやんややんや、やり取り。

父親が頑固に、大丈夫だ、脳梗塞じゃない、
病院は明日の朝行く、といいはって。

電話の無料相談で、病状を告げると、救急外来にいったほうがよいかどうか
教えてくれたり、病院を紹介してくれたりするサービスがある。

そこに母親に電話させたら、慶応病院(!)の救急外来を紹介してもらった、とのこと。
で、結局夜間診療にはいかず、翌日の午前に診察してもらったらしい。
結局、原因不明の顔面麻痺で、
CTとってもらったところ異常はなさそうだけど、
まぁ念のためMRIもとるってことになって
それが12/2。

よかった、30日の私の診察と重ならなくて。
病院でばったり会うなんて言い訳もできない。

もう、ほんと頑固な親はやだやだ。いうこと聴きやしない。

で、ますますがんのことを親に言い出せない。

2010年11月16日火曜日

夫へ告げる

ずっとずっとかかっていた原稿がやっと終わり、徹夜の日々もこれにて終了。
6日間おんなじ服で、さすがにちょいと匂いが気になった。

仕事の後、久しぶりに我が家に帰って(それまでは実家にとまってた)
夫にあった。

「いつもの店で会おう」
しかし、私が待ってた店が間違っていた。
やっとあえて、ぶつぶつ文句を言う夫に、
話した。
今の状況を。

そしたら、次の日会社休んでた。
風邪っぽいから、とかなんとかいってたけど、
ショックだったんでしょう。
こいつはショックなことがあると、会社休むクセが昔からあるのだ。
まったく。
本人は会社も休めず、すごしているのに。

やっぱり、すぐ知らされなかったってことについては、ぶつぶつ文句いってたけど
でも、
「もう子供のことはいいから、
とにかく君の体を第一に考えた治療をしてくれ」
って何度もいってくれた。
それは嬉しかった。

保険のことも、注意したら、
「わかった」って神妙にしてたし。

でも、根本はわかってないのかも。
保険に入れっていうのは、夫の治療のこともあるけど、
私のためでもある。
だって、夫の治療費を払うのは私なんだから、
私の負担を軽くしてくれってことなんだよ!

私が夫の治療費払えなくて、
夫が満足な治療を受けられないって事態になれば、
夫も不幸だけど、私も不幸なわけじゃん。
って説明したんだが、

「おれの保険のことより、sakana-chanの体が一番」って
まだいってたし。
だから、私の体を思うなら、さっさと保険にはいって、
治療費に関するストレスを軽減してくれっていってんのに。
少しはわかったのかなぁ。

でも、今朝、私が出勤前に「iPodがない~」って騒いでたら、
いつもなら知らん顔してたくせに、
やけに親切。
わざわざ二階まであがって探してみつけてくれた。
ぐははは。
病人強し。