自己紹介

40歳になって、久しぶりの健診で子宮頸がんが発覚。 2011年1月に円錐切除術をおこない、上皮内腺がん(腺がん 0期)と診断されました。 治療記録もかねて、日々のことつらつら書いてきます。

2010年11月30日火曜日

親にいつ伝えるか?そもそも伝えるか?伝えないか?

術前の結果も出たし、
あとの問題は、いつ親兄弟に伝えるか、だけだ。

手術することも決まったし、病名も一応きまったんで、
伝えたほうがいいかなぁとおもってるんのだが、
夫がすごく反対している。

心配かけるから。
病気ってすごく個人的なことだからって。

"じゃ、あなたの妹ががんで手術するときに、
妹がなにも知らせないで手術して、
後でそれをしったときに、あなたは兄弟として悲しくないか?"
ってきいたら、だまってた。

社長さんは伝えるべきだといってた。
私も伝えるなら、手術までまだ時間がある今だと思ってる。
直前にいわれたほうがパニくると思うし。

結構伝えるつもりで心を決めていたのに
う~ん、どうしようとまた悩んでる。

組織診の結果 いよいよ

やっと、やっと30日になった。
組織診の結果だ。

今回は、診察室に入室すると、
先生がにこやかにいった。

先生「お待たせいたしました。やっと最初の紹介状にあったような診断結果が出せました。」

先生の言い方に思わず笑ってしまった。
そりゃよかった、やっと結果がでたかと。

先生の診断結果は

扁平上皮がん 0期

で、いよいよ円錐切除をすることが決定。
扁平上皮ガン 0期って、上皮内がんのこと。
よかった。
とりあえず0期でよかった。

ただ、今回の組織診でもやっぱり少し
腺がんの異型性がみられる。
でも腺がんかどうかまでは現在判断できないので、
これは円錐切除した組織を検査して
判断する、とのこと。

円錐切除で、切り取れていれば
そこで治療はいったん終了。
もし見立てより進んでいるようなら、
その後、再度治療計画をたてる、ということでした。

術後、扁平上皮ガン 0期 より、実は悪かった
という確率は何%か、ってきいたら、
"慶応病院のデータでは1%"
っていってたんで、ちょっと安心(笑)。

手術も、先生がするか、または先生と同等レベルの先生
(HPで名前がでてる先生たち)がします、とのこと。
手術日は、まだ予定がわからないけど、
T崎先生の場合は、木曜日っていってた。

慶応病院の場合は、3泊4日の全身麻酔による
円錐切除手術となる。
退院は土曜日だ。

術後は2週間安静っていわれたんだけど、
これって結構ながくない?

「日帰り手術するところもあるらしいですが、
それでもそれだけ安静が必要なんですか?」

ってきいたら、やっぱりレーザーで焼くから
動くと血がでるし、階段のぼったり重いものもったりはだめ。
とのこと。

細胞診の結果がでてから、ここに至るまで、約1ヶ月半。
結構ながかったからか、思ったより気持ちが落ち着いていて
いろいろ聞けた。
聞きたいことをメモしてたのもよかったかも。

「HPV型は検査しないのですか?」
ってきいたら、
「それは予防的措置をとるためにするもので、
あなたの場合は、もうそのレベルじゃなくがんだから、
検査はしない」
って。
がんに対してどう処置するかを検討するほうが重要だから、
といっていた。

なるほど。

で検査聞いた後に、
術前の検査で、心電図、胸部レントゲン、検尿、採血して返ってきた。

採血!
200人ぐらい順番まってました。
もっと窓口増やしてください。

2日に麻酔医の説明と、入院のためのオリエンテーションがある。

なんか安心したんだか、緊張がとぎれんたのか、
昨日は病院から事務所に戻ってから眠くて眠くて。
帰りの電車でも、ほんとに珍しく寝ほうけて、
あやうく降りすごすとこだった。

2010年11月24日水曜日

父の顔面麻痺

週末にかけて、
うちの父が左顔面が麻痺しはじめて、
脳梗塞じゃないのか、救急外来いったほうがいいのかとか
母と電話で、夜中にやんややんや、やり取り。

父親が頑固に、大丈夫だ、脳梗塞じゃない、
病院は明日の朝行く、といいはって。

電話の無料相談で、病状を告げると、救急外来にいったほうがよいかどうか
教えてくれたり、病院を紹介してくれたりするサービスがある。

そこに母親に電話させたら、慶応病院(!)の救急外来を紹介してもらった、とのこと。
で、結局夜間診療にはいかず、翌日の午前に診察してもらったらしい。
結局、原因不明の顔面麻痺で、
CTとってもらったところ異常はなさそうだけど、
まぁ念のためMRIもとるってことになって
それが12/2。

よかった、30日の私の診察と重ならなくて。
病院でばったり会うなんて言い訳もできない。

もう、ほんと頑固な親はやだやだ。いうこと聴きやしない。

で、ますますがんのことを親に言い出せない。

2010年11月16日火曜日

夫へ告げる

ずっとずっとかかっていた原稿がやっと終わり、徹夜の日々もこれにて終了。
6日間おんなじ服で、さすがにちょいと匂いが気になった。

仕事の後、久しぶりに我が家に帰って(それまでは実家にとまってた)
夫にあった。

「いつもの店で会おう」
しかし、私が待ってた店が間違っていた。
やっとあえて、ぶつぶつ文句を言う夫に、
話した。
今の状況を。

そしたら、次の日会社休んでた。
風邪っぽいから、とかなんとかいってたけど、
ショックだったんでしょう。
こいつはショックなことがあると、会社休むクセが昔からあるのだ。
まったく。
本人は会社も休めず、すごしているのに。

やっぱり、すぐ知らされなかったってことについては、ぶつぶつ文句いってたけど
でも、
「もう子供のことはいいから、
とにかく君の体を第一に考えた治療をしてくれ」
って何度もいってくれた。
それは嬉しかった。

保険のことも、注意したら、
「わかった」って神妙にしてたし。

でも、根本はわかってないのかも。
保険に入れっていうのは、夫の治療のこともあるけど、
私のためでもある。
だって、夫の治療費を払うのは私なんだから、
私の負担を軽くしてくれってことなんだよ!

私が夫の治療費払えなくて、
夫が満足な治療を受けられないって事態になれば、
夫も不幸だけど、私も不幸なわけじゃん。
って説明したんだが、

「おれの保険のことより、sakana-chanの体が一番」って
まだいってたし。
だから、私の体を思うなら、さっさと保険にはいって、
治療費に関するストレスを軽減してくれっていってんのに。
少しはわかったのかなぁ。

でも、今朝、私が出勤前に「iPodがない~」って騒いでたら、
いつもなら知らん顔してたくせに、
やけに親切。
わざわざ二階まであがって探してみつけてくれた。
ぐははは。
病人強し。

2010年11月10日水曜日

夫のこと

組織診でがん細胞がでなかったことを
素直に喜べないってほんと複雑。

うちの父はずっと、虎ノ門病院で、前立腺の生研やってて
がん細胞がでない、っていわれて
検査だけ進めてるうちに、
ステージがけっこうすすんで見つかった。

ただ、前回の診療で、先生の見通しはだいたいわかったんで、
少し心が安定したかな。

やっぱり、どこに向かっているのかがわかない状態がほんとにいやだ。

今週末、仕事がひと段落ついたら、夫に伝えよう。

夫は、保険のこととか、いままで口すっぱくいっても
ほんと真剣にとらえてなくて、
いろんな手続き後回し後回しにしている。

なにかの事故に巻き込まれたときとかのために、
口座とか保険とか必要な書類をまとめておいてくれっていっても
ぜんぜん真剣にきかない。

今回、私がこういう状態にある、ってことがわかれば、
そういった普通の大人が心配すること、
病気になるかもってこと、家族のことをもう少し、真剣に考えてくれるようになるかな、と。

なんで、私が、47歳の夫を心配してんのに、
あいつは将来のことをなにも考えない(考えないようにしてる?)んだって、ちょっと悲しく、ばかばかしくなってきたってのもある。

たぶん、私の心が落ち着いたから、
かえってなんも知らず、何の危機感もなく
のほほんとしてる夫に腹がたってきたのかもしれない。

まぁ、今回のことが夫に響けばいいのだけど。
響かなかったら、悲しすぎる・・・(泣)。

睡眠薬は半錠にしたり、調整している。
癖にならないように気をつけなければ。

2010年11月9日火曜日

組織診の結果

今日は組織診の結果がでる。
どっきどきだ。
今日も待合室は人でいっぱい。
でも、さすがに予約を入れているので、初診ほどはまたなかった。
およそ1時間ぐらいだろうか。

名前を呼ばれて診察室に入る。

先生が、なにか紙を見ながら小首をかしげている。
私が入ってもなかなかなにも言わない。

せ、せんせい、なんですか!?
どうだったんですか!?
思わず前のめりになりそうになった、そのとき。

先生「大変申し訳ないのですが、
     前回の組織診から、異型性がでていないですね。」

私 「は、は~!?」

思わず素っ頓狂な声がでてしまった。

「そ、そんなことあるんですか?」

どうやら、同時におこなった細胞診では異型性があるし、
コルボ診でもおそらく上皮内がんと思われるらしい。
ただ、組織診の結果がついてこないと、手術できないので、
なんと、今日もう一度組織診すると!

で、結果が11月30日にわかる、と。

先生が、何度も"ごめんね、悪いね"っていってくれるんで
まぁしょうがないわっておもったけど、
今日で一つ決着するつもりで、
ずっとその心積りですごしてきたこの2週間。

夜も寝れず、睡眠導入剤つかってさ。
これが、あと3週間のびるわけよ!
脱力よ。
はやく結果わかりたい~。
はぁ。

まぁ、次回の組織診の結果でなにもなければ経過観察になるだろうけど、
おそらく今度は結果がでて円錐切除手術になるはず。

とりあえず、入院手続きだけしておいてください、ってことで
入院手続きだけしてきた。

でも慶応病院の場合、入院患者と手術待ちの人が多いので、
いつが手術になるのかわからない。

それじゃ、仕事のめどがたたない。

先生に、「いつごろになるか、これっぽっちも検討がつかないものでしょうか」
って聞いたけど、

先生は「すみませんねぇ。一般の社会の常識からかけ離れていることは、重々わかってるんですけど、いつとは今お伝えできないんです。」

部屋が空いて、手術の準備が整ったら、
10日~14日ぐらい前に連絡をくれる、とのこと。

しょうがない。

2010年11月7日日曜日

不安

あさってには組織診の診断がでる。
9日が近づくにつれ、
もう考えたってしょうがない、って思ったり、
でもでもっ、とくよくよしたりしてみたり。

ありがたいことに仕事が忙しく、毎日徹夜に近い。
やることがたくさんあるほうが気がまぎれる。

ただ、終電を逃して家に帰れないと、実家に泊まることになる。
両親の顔を見るのがちょっとつらい。

夫は、まだなにも知らず
「こんど自転車で大島にいこうね」っていってきたり、
「妊娠するのにはこのビタミンがいいらしいよ」っていってきたり。

そのたんびに、ごめんねぇって思っちゃう。
話さなきゃっておもうけど、
気がおもい(泣)。

頼れる友人

10年以上前になるが、イギリスに3年ほど住んでいたことがある。
そのときに知り合ったKは、いまでも大切な友達だ。

彼女は日本で看護士をしていて、
幼少時をすごしたイギリスに戻って、看護士として働きたいという夢を持っていた。
そして、その夢を実現させた、大変にがんばりやなのである。

最近、久しぶりにKとメールのやり取りが始まった。

私は人に弱みを見せることがうまくできない。または相談できない。
しかし、Kには自然となんか甘えることができる。
はじめて、病気のことを、上司以外の人間に伝えた。

看護士ということもあって、彼女はあらゆる情報を送ってくれ
励ましてくれる。
心強い。ありがとう!

2010年11月2日火曜日

いつ家族に伝えるか

自分ががんになったことを、

どのタイミングで配偶者に伝えるか。
親に告げるべきか。告げないほうがよいのか。

配偶者には伝えるつもりだが、どのタイミングがいいかと考えあぐねている。
あの人、結構気が小さいから、
心配かけるのかかわいそうでねぇ。
少しでも、何もしらずに幸せな時間をすごしてほしい。

とりあえず9日の組織診の結果で
円錐切除をする、ということになったら、いおうと思っている。

両親にも、伝えるとしたらそのタイミングだろうか。

ただ、うちの両親二人ともがんになってるから、
私もなったっていうと、相当ダメージを受けるんじゃないかと
心配だ。
はぁ。どうすればよいもんか。

なんか間違いでした、がんじゃありません、って結果にはならないでしょうか。