自己紹介

40歳になって、久しぶりの健診で子宮頸がんが発覚。 2011年1月に円錐切除術をおこない、上皮内腺がん(腺がん 0期)と診断されました。 治療記録もかねて、日々のことつらつら書いてきます。

2011年1月27日木曜日

入院費はおいくら?

退院の日が日曜日にあたり、精算窓口がしまっていたため、術後の初診療日に入院費の支払いに窓口へ。

円錐切除手術のための3泊4日の入院でかかった費用は、次のとおり。
思ったよりも治療費が安いのでびっくりしました。

治療費(手術費等含む)
¥75,860
差額ベッド費
¥54,600
食費
¥1,560
合計
¥132,020


差額ベッドのお値段

慶応大学病院の差額ベッド代、ネットで調べてもほとんど情報がでてなかったので、ここに記載しておきます。

1日80,000円って、裕次郎とか、政治家が泊まるとこよね、きっと。

入院手続きのときに、いくつか候補をあげられる。
私はA4 、B4、 B5、 C3、Dの5つだった。

個室希望だったけど、1日30,000円って、高級旅館とまれるじゃん!
ということで、個室 B4 13,650円を第一希望とし、この部屋で過ごすことができました。

下の表にある設備以外に、洗面台、冷蔵庫、ソファーセット、クローゼットがついていて、私には十分な設備です。

3泊4日だから個室希望できたけど、1週間以上の入院だと厳しいだろうなぁ。


差額ベッド代(2011年1月現在の数字です)
区分等級料金浴室電話トイレテレビ
個室 AS84,000
A068,250
A157,750
A252,500
A342,000
A436,750
A531,500
A626,250
B021,000
B118,900
B215,750
B413,650
B512,600
B65,250
2人室 C28,400
C37,350
C46,300
4人室C55,250
6人室D0


保険書類 診断書のお値段

退院日に、がん保険や医療保険用の診断書を出そうとおもったら、日曜日で受付けてもらえませんでした。
なので、術後の初診察のときに、文書科というところにいって提出してきました。
診断書には、患者名と連絡先の記載欄がありますが、提出前に記入するようにいわました。
母がいったように、あらかじめして記入しておけばよかった。

1通 6,000円

3通あったので、それだけで約2万円。
ひぇ~。



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2011年1月26日水曜日

円錐切除手術 病理の結果

円錐切除手術後、最初の診察は何をするのかしら。
出血の様子なんか確認して傷口を診るのかしら、と漠然と思っていた。

異常な混み具合で、5時間半待ち、やっと呼ばれて診察室に入る。
先生もお疲れのご様子。

私「この間はありがとうございました。」
先生「様子はいかがですか。」
私「出血はほとんどありません(*生理3日目ぐらいとか言えばよかった)。
飛んだり跳ねたりできるぐらい元気です。」
先生「そうですか。実は、Sakanaさんの病理の検査結果がでましてね。」

先生、さらっと話始めるじゃありませんか。
病理の検査結果って、術後4週間後にでる、って先生おっしゃってませんでした?
まだ1週間ですけど・・!

まさか今日病理の結果を言われるとは思っていなかった。
心の準備ができておらず、1秒ぐらいの間に、本当にいろんな思いがめぐる。

浸潤してたのか?
追加治療が必要だったら?
あぁ、どうしよう?

自分でも自然と身を乗り出していることがわかる。
1秒が1分に思える。

先生「病理の結果、やはり腺がんの細胞が確認されました。」

あぁ・・腺がんなんだ。
それで、どうなの?浸潤してるの?先生、早くいって~。

先生「しかし、極めて初期の0期のものなので、追加治療は必要ない、という判断です。」

「ほんとですか、追加治療しなくていいんですか。」
デスクの向こうに座っているI藤先生の顔をみると、先生がうなずいている。

あぁ!先生!
思わすT崎先生をハグして、頬スリスリする衝動に駆られました。

私「扁平上皮がんのほうは、どうだったんでしょう?」
先生「切ったものからは、扁平上皮がんは見つかりませんでした。コルポで組織を切り取っているので、それでがん組織がすでに切り取られていた可能性もあります。」

よかった、扁平上皮がんもそれほど広がっていなかったということなのだろう。
腺がんが初期で見つかるのは、難しいはず。
ラッキーだった。
本当は、がんがどのくらいの大きさで広がっていたのか、何箇所あったのか、とかもっと聞きたかったのだが、待っている患者さんの数と先生の様子を見て、本日は質問はやめて次回にまわすことにする。

「今日はまだ傷口が治ってないから診察はしません。
また2週間後の2月8日にきてください。傷が治っているようであれば、細胞診をします。」

あふれ出る安心感に、顔がゆるんでいることが自分でもわかる。

お風呂はまだだめ。
アルコールはOK。


診察室をでて、早速、夫、両親、会社に電話。
もう皆喜んでくれた。
ただ、父は0期で初期とはいえがんだったことがちょっとショックだったみたいだ。

しばらくは追加治療の心配は必要ない。
神様、本当にありがとうございました。

----[追記 2011.05.17]------------------------------------------------

「追加治療しない」ということで喜んだわけですが、
これは標準治療ではありません。詳細は、以下で。

術後4カ月検診 -上皮内腺がんの標準治療について-

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円錐切除後、初の診察 

普通は、術後2週間に診察をおこなうらしいが、術前から1月25日に予約を入れていたので、そのまま診察に来てください、とのこと。

今日は11:40~12:40の枠なので、午前お休みをいただいて慶応病院へ向かう。

「病理の結果がでるんなら、私も聞きにいくわ。」
という母に、病理の結果は4週間後と聞いてるから、付き添いは不要、といって、一人向かったが、いやぁ、今日はすごい人だよ。

診察の待ち時間を減らそうと、PHSを患者に持たせたり、ネットで診察時間を確認できたりするシステムを構築している病院も増えてきている中、慶応病院は、各予約時間の枠ごとに、診察人数と進み具合を白板に手書き

今日は、なんと最初の10:40までの枠で30人以上、患者数全員が67人とある。
1時間30人診察するには、一人2分ですまさなきゃだよ。現実的じゃない。

1時間ぐらい待ったところで、事務の人がでてきて
「申し訳ありません、今日は初診の方が大変多く混雑していて、まだ最初の枠の患者さんを見切れていません。後の予約枠の方は、まだ1時間以上かかりますので、お食事にでもいらしてください。」
という。

本当に、こんなことは珍しいらしい。患者さんも口々にいかに自分が待っているかを話はじめる。
先生も朝早くから診察して、いまだ休めないとは本当にお気の毒だなぁ、と思っていたら、80歳代のおばあさんも同じことを思ったようで
「先生は、お食事召し上がったのかしら?」と事務の人に聞いていた。
もちろん答えは「いいえ、先生は休まれていません。」

私の隣で待っていた方が
「休んでいただきたいわねぇ。先生が疲れてらっしゃると、間違いが起きるようでいやだわ。」といっていたが同感。
しかし、この人数の患者が外で待っているのに、休むわけにもいかないよなぁ。

おばあさんは、疲れちゃった、といって長いすに横になってしまった。
高齢の患者さんは、待つだけでもつらいよね。

結局、私は、11:50に病院にきて診察室に呼ばれたのが17:20ごろ。
本日の待ち時間、なんと5時間半でした。

なぜ、こんなことがおきるのか。

通常1時間ごとの予約枠には、先生が10人ほどいれる。
しかし、都合により予約時間を変える患者さんや、初診の人、他の科からまわされたフリーの患者が入ってくることで、予定よりも人数が膨れるらしい。

しかし、1時間の枠に30人の患者はありえないでしょう。
予約の変更を受け付けるときに、人数の制限とかかけるシステムは必須ではないでしょうか。
あるのかもしれないが、明らかに機能してない。

慶応病院は来年1月から電子カルテになるらしいが、患者の負担が減るように、予約システムや待ち時間の確認システムなども見直してもらえると嬉しい。



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2011年1月24日月曜日

仕事復帰

今日から、仕事再開。

しゃっちょさん、Oセンセー、ご迷惑をおかけいたしました。
しゃっちょさんの怒鳴り声も懐かしく、今日は腹も立たない。

なるべく無理をしないように、とおもいつつも、本日締め切りがあり、結局夜中までかかる。
通勤1時間とまぁまぁ長いので、夫の強い薦めもあり、今日は実家に泊まらせてもらう。

術後初めて会った父は、私がかなり元気なのを見てびっくりしている。
母も安心したようで、顔を見せられてよかった。



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2011年1月23日日曜日

術後1週間

退院後、会社から1週間のお休みをいただいている。

ゆっくりDVDでも見ようと、"アメト-ク"のDVD買っておいたのに、DVDプレーヤーが動かない!
しょうがない、ビデオでも見ようか、とおもったら、今度はビデオが壊れた。
ほんとに、よりによってこんなときに!だよう。もう。

しかし、結局、横になっていたのは最初の2日だけで、3日からは締め切りに向かってひたすら原稿書きだ。
やはり少し疲れやすいので、休み休み働く。

ちょっと今日は動いちゃったかな、という日で生理3日ぐらいの出血。
それ以外の日は出血があんまりにもないんで、こんなんでいいの?という感じ。
痛みも最初の2日ぐらいは下腹部がちょっと重い感じだったが、それ以降はなんだか、内側からつんつんって糸で引っ張られるような違和感を感じただけで、それほどの痛みもない。

術後1週間もたつと、なんだかすっかり元気になって、飛んだり跳ねたりしてもいいような気になってしまい、DVDもビデオも壊れたことだし、DVDレコーダーを買おう、ということで横浜ヨドバシまで。
久しぶりの人ごみの後、DVDレコーダーと光テレビとテレビを接続しようと格闘しながら、月曜からの出勤に備えてビーフシチューを12人前仕込んだので、最後は疲労困憊。
ちょっと無理しすぎてしまいました。



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入院4日目 -退院-


今日は退院日。

荷物をもって帰るのに電車ではさすがにつらかろうと、兄に横浜の自宅までの送迎を頼む。
退院手続きは9:00までにすませてください。ということだったので兄に8:30ごろ病院にきてね、と頼んでいたら、7:00すぎにやってきた。
早すぎるよん。

ま、退院手続きの時間まで、いろんなこと話せてよかった。

8:00 朝食




今朝、また看護士が変わる。
最後の検温/血圧測定、これから服用する抗生剤の説明。

でも、前夜の放置プレイの看護士から、退院手続きの話をまったく受けてないことがわかり、担当の看護士あたふた。

兄が
「おれ、こんな病院いやだ。」
とボソッとつぶやいたのがおかしい。

次回は、1月25日(火)に診察となりました。


9:30 退院手続き

日曜なので、通常の窓口は全部閉まっており、夜間・休日窓口で手続き。
結局、今日は休日で計算ができないので、後日入院費等の支払いをおこなうことに。
これをいわれるためだけでに20分待ち。

11:00 帰宅

兄の運転で横浜に。
夫がマンションの前で出迎えてくれている。

玄関の前に、小さいぼけの鉢植えが2つ、出迎えてくれている。

うるさい、あほ
なんだと、このぼけ

あほ、ぼけは、私たち夫婦の軽いやり取りで好んで使う単語。
思わず笑みがこぼれた。

あぁ、やっぱり家はいいなぁ。
夫が一生懸命掃除してくれた気配。でも隅のホコリが気になるけど、まぁよしとしよう。

豪華なバラとゆりの花束がテーブルを飾っている。
昨日、早々に病院から帰ったのは、この花束をとりにいく約束をしていたかららしい。

だって、Sakanaが帰ってきたときに、飾っておきたかったんだよ。

うふふ。
ありがとう。



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入院3日目 - 回復 -

6:00  点滴 終了

う、うれしい。点滴の針ささってる感触がずっとうっとおしかった。
この針の跡は、なんと1週間以上たってもかさぶたになって残ることになるのである。
ふぇ。

6:30 採血

目がさめてから、腸がぐるゅぐるゅとうごいて、ガスがでること数回。
おぉ。
麻酔によって停止していた腸が活動を再開したらしい。
動いてる、動いてる。
人体の神秘だ。

7:00 歩行訓練

さっそく歩行訓練ですよ、と看護士さんの付き合いのもとトイレまで移動。
起き上がるときふらつくか、と思ったけでど、そういうこともなく順調。
トイレの個室で看護士さんにカテーテル抜いてもらう。
痛い。

下の世話をしてもらう、ってこういうことなのね。
病気じゃなかったら絶対考えられないシチュエーションだ。
人間の尊厳、守りたいよなぁ。

マスクもとれ、点滴も抜け、カテーテルも抜け、
歩けるようになったと同時に、足のマッサージ機からも解放され

あぁすっきり、すっきり。

手術着からパジャマに着替えてやっと普通になりました。

8:10 朝食

腸が動き始めたと同時に、空腹感増大。
もう大変楽しみにしておりました。
重湯とかでるのかと思ったら、結構しっかりした固形物でうれしい。






8:40 内診

担当医の先生の内診で、詰められていたガーゼが抜かれる。
にょろにょろにょろにょろ、出て行く感触がいやだわぁ。

・ゼラチン質の茶色いものが出ることがあるか、止血剤なので問題ないです。
・頚管の癒着を防ぐために、7cmぐらいのピンクの管(直径0.5cmぐらい)が入ってます。
トイレ時に取れてしまったら、その旨次回の診察時に担当医に伝えてください。
できれば管もとっとてください(ひぇ~)。

下腹部に違和感とちょっとした生理痛みたいな痛みはあるものの、いたって元気だ。
体も起こせるので、午前は一人でテレビをみたり西原理恵子を読んだり。
毎日かあさんは、何度読んでも笑えるわぁ。

12:00 お昼ごはん













13:00

夫くる。
私からでてた管が全部なくなって、歩けるようになったのをみて大変に感激してる。下のローソンまで一緒にいく。
でも長距離あるくのは、まだちょっと不安だな。
ゆっくりゆっくり歩く。
病室に戻ってきたら、しゃっちょうさんと、Oセンセーがジャン・ポール・エヴァンのホールケーキをもってお見舞いにきてくださった。
無事手術がおわったことを喜んでくださる。
いろいろご心配とご迷惑をおかけしてすみません。

チョコに目がない夫はさっそくケーキにほおばってる。
夫もつかれてたのでしょう。お二人が帰られたのち、ソファで横になって寝る。
病室で二人。静かな時間。

15:00すぎ

母くる。

17:00

夫が帰宅したのと入れ替えに、Mちゃん、Kちゃんと立て続けにやってくる。
Mからはカタログハウスと、クロワッサンの雑誌の差し入れだ。
通販カタログが大好きなのだ。うれしい。
クロワッサンの特集は「下半身を細くする」だよ。
女4人集まるとかしましい、かしましい。
母が途中で帰宅してからも、MとKは21:00近くまでおしゃべりに花がさく。
Mが「それじゃ、マジソン郡の橋めざしたら?」と評したKの恋愛話など、話題は尽きず、息ができないほど大笑い。
こんなに腹筋つかったら傷によくないのではと思うほど。


こんだけ騒いでも何もいわれない。携帯電話かけ放題だったし。
個室にしてよかった。

それにしても、友達に感謝。
病院にいる間、楽しく話してあっというまに時間がすぎたように感じれたのはあなたたちにおかげです。
心強かった。
本当にありがとう。

私も今回、初めて入院して、病気の人の気持ちがわかりました。
もっと人に親切になれる気がします。
ちなみに夕食はこれ。ここから抗生剤を飲む。




しっかし、今朝の内診のあとは、放置プレイだったな。
昼からかわった看護士、いっさい病室に顔を出さず。
一回も検温・血圧の測定にこず、消灯の確認もなく、マイスリーもくれず、翌日の退院手続きについても一言もなかった。
手術後は手厚い看護はいらないってことなのかしら?

夫から電話。行きつけのレストランの2周年記念パーティに参加して楽しそう。
Sakanaもいればもっとよかったのに。
来年は一緒に行くよ。



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入院2日目 part3 -手術 -

「Sakana さ~ん、終わりましたよ~。」
声がする。
えっ、もう手術終わったんですか。
全身麻酔ってすごい。

最初に感じたことは、寒い、ということ。
寒い、寒い、と連呼していたら、なにかかけてくれました。
あの寒さはなんだったんだろう。

ストレッチャーに乗せられて回復室に向かう。
寝てるのでよく見えないが、他にも手術が終わったばかりの人がいる模様。先生が患者さんに話かけている声がする。
私の意識は結構しっかりしてるぞ。
私のそばには、麻酔医の先生がついている。

私「手術時間ってどのくらいだったんですか?」
麻酔医「ええと、36分ですね」
ほぼ予定通りとはいえ、短いですね~


麻酔医の先生、この後のことについて看護士さんと話してる。
私「今日はいくつ、手術するんですか?」
麻酔医「5つです。あと2つ。」
思わず、先生、大変ですね、お疲れ様です。っといったら
「いや~そういってくださる患者さんは少ないんです。うれし~な~。」
と喜ばれてしまいました。

足のバコバコが入ってない

しばらくすると、エコノミー症候群と同じ症状になることを防ぐためのエアーマッサージャーが足についていることに気がついたのが、どうやら、左足のほうが動いていない。
「あの~、足のバコバコ、左が入ってないみたいです。」
「あ~ごめんなさい。」
「あの~、今度は両方入っていないみたいです。」
「あ~ごめんなさい。」
「・・・」
私、意識しっかりあるからよかったですけど、うちの母みたいに術後に意識戻ってもうつらうつらして話せない人だったらどうすんでしょうか。
ちょっと不安になりました。

16:40  回復室から病室へ

どのくらいたったのでしょうか?
やっと回復室から病室に戻りましょう、ということに。もう意識ははっきり。
病室の前までストレッチャーで運ばれると、病室から、「かえってきた、かえってきた」という母とKちゃんの声が聞こえる。ばたばた二人が病室から出てきた。

病室でいつのまにかベッドに移され、酸素マスクがつけられる。

バルーン、いてぇじゃないか

担当医と看護士
「あら、バルーンが入ってないみたいです」
「あら、本当。」
なんて話してる。

「バルーンって何ですか。」
尿道カテーテルでした。

「ごめんなさいね、普通は麻酔が効いている内に入れるんですけど、Sakanaさん、麻酔の目覚めが早くて、あたふたして忘れてた。」
とあっさり。

ということで、ベッドの上で入れることに。うぉ~。痛ぇです。
麻酔効いてるうちに、入れておいてほしかった・・。

切ったものが・・

病室が整うと、母とKちゃんが戻ってきた。
直後に父も見舞いにやってきた。
とその直後に担当医の先生が、切ったものを持ってきてやってきた。
ホルマリン漬け。

「1.5cmの高さです。小さすぎず、大きすぎず、ぢょうどいい大きさ切れました。
これを検査に出して確認します。」

母とKは身を乗り出してみている。
先生がベットの脇み持ってきてくれて、私もじっくりみました。
なんか、こりっとしてる。いわば、ハツみたいな感じ?
夫が見なくてよかった。多分焼き鳥たべれなくなっちゃう。

父も病室の隅から動かず見ようとしない。
ふふ、男は弱いんだよねぇ。
母の手術のときも、父は摘出されたものをいきなり目の前に出されて固まって、なんだかその物体の向こう側みてたもんね。

担当医が去ったのち、私は、酸素マスクの下から手術室の様子を話していたのだが、術後休まないと回復が遅いだろうということで、3人は食堂へ。

しかし、これがなかなか寝れないのだ。
まず首を曲げられないため枕がなく、非常に寝にくい。
全身麻酔の場合、気道を確保するための管が入るので喉が痛くなるかも、といわれていたが、喉の痛みはほとんどない。全身麻酔をかけた後におこる、という吐き気もない。
そのかわり、ハラが痛い
半端なく痛い
生理痛のかなり重いバージョンといえばよいだろうか。

看護士に痛みを訴え、ボレタリンの座薬を入れてもらう。
大人になって座薬を入れてもらうのは初体験。
恥ずかしがってる場合じゃない。
でも痛みはとれず。
検温やら血圧測定やらで看護士の出入りが結構あって、寝れない。

18:45

これからデートよん、と帰宅したKちゃんと入れ替わりに、夫がやってくる。
私の姿を見るなり泣きそーな顔をして、ベッドの脇に座り込んだ。
点滴だとかカテーテルとか管が体から出てて、マスクもしてたんで、見た目が痛々しかったらしく
かなりショックを受けてる。
私の手をずっとにぎってくれる。

19:00

夫が来たことを見届けて、父と母が帰宅。
テレビで「ぴったんこカンカン」を夫とみる。
今日は安曇アナが高島政伸親子と、中華街をまわってるじゃん。
私の家は、中華街は3分のところにある。アツアツの肉まんだとかルーロー飯だとか次々映し出されて、う~んおいしそう。
退院したら行きたいところリストに、入れることにする。
それにしても安曇はおもしろい。

しっかし、下腹部の痛みがとれない。
看護師に訴えるものの、胃が荒れることを懸念した担当医が、
「我慢してくださいね。」と薬を追加してくれない。
もう一人の担当医にも訴えたが
「痛いですか?ま、そういうもんです。
お前はこの手術受けたんか。と、ちょっとむっとする。

20:30

夫、帰宅。
この日も自宅近くのいきつけの居酒屋でから揚げと日本酒を味わったようだ。

21:00 消灯

酸素マスクがとれた!
水も飲んでよいとのこと。
マイスリーと水を飲んで就寝。
でも2:00頃目がさめちゃったので、マイスリーもう一錠追加。
枕がないとこんなに眠りにくいとは。

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入院2日目 part2 -手術の前まで-

点滴入れた後は、動きにくいこともあって
ベットで暇つぶし。

手術は午後、とだけいわれて正確な時間は30分ぐらい前にならないとわからないらしい。
看護士からなんとか聞き出した情報によると、私の前に2人がいて、そのあと。多分14:00ぐらい。
下手すると、17:00ぐらになるかも。
ということなので、ゆっくり待つしかありません。

12:00 

母とKちゃんが前後して到着。
Kちゃん、手術日にまで来てくれてありがとう。

母 「食べれない人の前で申し訳ないわ」
っていいながら、テレビの後ろに隠れて、持参したサンドイッチをぱくぱく。
あなたはテレビに隠れてるんですけど、サンドイッチだけ、はみ出て見えてます。

女3人、かしましくしゃべりまくる。

14:00  呼び出しかかる

しゃべりまくってるとき、看護士さんがやってくる。
「あと20分で手術室行きます。準備お願いします。」

あらっ、ほんとに急なのね。
急にそわそわする母。私は最後にトイレにいってすっきり、準備完了。

Kちゃんが夫に電話してくれて、電話で夫と話せた。
そこに行けなくてごめんね。待ってるからね。と言ってくれる。
ちょっと泣きたくなる。

14:20 手術室へGo

手術棟まで、てくてく歩いていきます。
慶応ではどんな病気もそうするそう。

眼鏡をはずして歩くので、視界がぼやけてなんだか現実感がない。
かえってよいかも。
母とKちゃんも後ろから付いてくる。

手術棟の前で、記念写真をパチリ。
母はあきれていたが、看護士さんは
「そのくらいのほうがいいです」と笑ってました。
母とKちゃんとしばしの別れ。「がんばれ~」といわれる。

手術棟に入ると、たくさんの部屋が両側にある青白い広い廊下。
途中でシャワーキャップみたいなのかぶってストレッチャーに移動。
この時点でかなりどきどきしてきました。でも眼鏡がないので、現実感やっぱりありません。
病棟の看護士さんから、手術専門の看護士さんにバトンタッチ。
いや~てきぱきてきぱきしとるな。

ストレッチャーで手術室へ。これが一番気持ち悪い。ぐるぐるぐるぐる。目が回る。
ずっと目つぶってる。

結構長いこと移動したな、とおもったら、バちっぃと止まった。
ここが手術室なのね。

手術着のT崎先生がいる。
「よく眠れましたか?」
あぁ、先生、眠れなかったんです。
「そうですか。すぐ終わりますからね。」
どうぞよろしくお願いいたします。
先生がとてもたくましく見える。

手術台にうつされ、あれよあれよというまに心電図の電極だとか、酸素飽和度はかるやつとかマスクとか、次々といろんなものをつけられる。
シャワーキャップの額まわりがかゆい。気になる。かゆい。
麻酔がきいたら、かゆみは感じなくなるから、大丈夫だよなぁ、とくだらないことを思う。

「あれあれ、下履いたままだね。」
そうですよね。私も気になってました。
てきぱき看護士さんが、下を脱がそうとする。が、しかし。
今日履いてたパンツ、ちょっと小さかったのようぅううう。
「あら、きついわね、よいしょっと。」
あられもない感じで、脱がされる。

「は~い、麻酔入りますよ。ちょっと冷たくなった気がします」

という言葉とともに、点滴が入っていた左手首に冷た~い感触。
へぇ、こんな感じなのか、と思ったとたん、
意識がなくなりました。

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入院2日目 part1 -手術日の朝-

1月14日(金)

4:00 

目が覚めちゃう。
う~ん、本格的に生理になってますけど。


6:00 

看護士の管理のもと、少量の水でホルモン剤飲む。
血があまりでませんように。


7:00   身支度とトイレ

担当医の先生やってきて、検温チェック。
生理のこと、ちょっと気にしてる。

先生、昨日も夜遅くまで、今日は朝早くから、ほんとうによく働く。
看護士さんも。
改めて感動。

本格的に目がさめちゃった。
もうすぐ点滴。点滴が入ると、自由に動けないから、今のうちに
念いりに足のむだ毛ちゃんの処理。
下の毛はそらないようなので、短く切りそろえておきました。
トイレは、かなり無理していきました。
だって、術後にもよおしちゃうと、体起こせないから、寝たままベッドの上ですることになります、っていうんですもん!
お願い、それだけは避けさせて。


7:50 


手術当日は朝から手術着だってんで、手術着に着替える。下は履いてていいっというので、パンツとパジャマ下着。


8:30  点滴開始

朝食の匂いが満ちているが、私は絶食絶飲。

午後の手術なので、それまでの脱水を防ぐため点滴を入れる。
点滴を入れるために、先生がやってきた。若い。かわいい。
あだちゆみ激似。
その上、とても優しい。
まだ身支度がととのってなかった私の様子をみて、2回も待ってくれた。

生まれて40年、入院はおろか、点滴も受けたことがない私。
採血はだいぶなれましたけど、ちょっと緊張。

先生が、左腕をトントン、右腕をトントン、
なんか針刺しにくいみたい。だいたい、採血の時も血管みつけるのに、結構時間かかってるし。
「スポーツしてらっしゃいましたか?腕の筋肉がとても発達されてますね。」

オブラートに包んだ表現で、さし口を探しまくる先生。
ごめんなさいね、私、テニスしてて右腕が大変太いの。

「手首はさけたいんですけど・・」
といいつつ結局、左手首の近くに、ぶすっ。

おっ、思ったよりいてぇじゃねぇか。
「すみません、手術用の点滴なので、通常よりちょっと太いんです。」

「もしかしたら点滴始めてですか?」
 私の緊張、察されてしまいました。

点滴入ると、本格的に病人になった気分です。



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2011年1月22日土曜日

入院1日目 part3 - 午後はゆっくり -

1月13日(木)

12:20  お昼ごはん

先生の術前の説明がおわって、緊張も解けないうちに
お昼ですよ。

量が・・、量が少ない!食事の紙に書いてあるのは「普通食(小)」。
入院の手引きみたら、40歳以上は、一日1400Kcalだって。
うっそ~ん。

夫と二人で、三口で食して、新館の上のレストランにいくことにする。
向こうにあるのは、夫の手。


 12:30 内診&採血

レストランに行く前に、I藤先生とI部先生による内診。
今朝からの出血が続いているけど、どうもこの感じは、一時の出血じゃなくて生理。
まぁ、周期としてはどんぴしゃりよ。

先生方も「う~ん、ホルモン剤足りなかったみたいですね~。
このくらいの量なら手術も大丈夫でしょうかねぇ。がんばります。」
だって。
ふえぇ~。
とりあえず出血量を減らすためにホルモン剤は明日まで引き続き飲むことに。

よかった~!不正出血じゃなかった!生理でありがとう!
不正出血か・・・!?という不安な気持ちもすっかりなくなりました。

13:30  レストランで食事 

レストランで夫と合流。

ここは眺めがすばらしい。夫、
すでにビール小瓶をあけている。
しばらくビールとおさらばの私も、ちびり。
お食事もおいしくいただきました。

後ろの席には、足を折ったらしい外国人の人が、かわいい日本人女性とデート、かとおもったら、日本語レッスンしてた。
その人の名前が夫の名前と同じで、二人で思わず耳を傾けてしまう。
ちなみに、私は日本語教師もしてた。

「僕が、~するはずがない」文型の練習らしい。



15:30  Kちゃんやってくる

イギリスから一時帰国しているKちゃんがお見舞いに。
おいしいプリンをもってきてくれてる。、
ありがとう。


もう、まないたの鯉。説明も十分受けた。不安もない。
でもひどい頭痛がでて、ロキソニンを処方してもらう。







18:30

夕食。結構、この量になれたわ。
とおもったら、食べっぱなしだから、おなかすいてないのね。




途中、予約をいれたお風呂に入りにいきました。
明日の手術に備えて、体ごしごし。
20分じゃ短いわ。

面会は19:00までだけど、個室だからか、Kちゃんは20:00すぎまでいてくれて、
しゃべり通し。
夫も20:20ごろ帰宅。


21:00  麻酔医の説明

ずっとまってた、麻酔医の先生の説明。
これも若い男の先生だ。
「消灯前になってしまってすみません。」

丁寧に全身麻酔について説明してもらう。
10分以上説明してくれたのかな?
ありがとうございます。

 消灯

21:00以降、明日いっぱいは絶食絶飲。
最後にちょこっと水を飲む。
看護士が、病室に消灯の確認と、血圧のチェックにやってくる。

病室がものすごく乾燥しているので、バスタオルを濡らしてかけておく。
まだ寝れないので、美顔マスク。

処方してもらってたマイスリー(睡眠導入剤) を2錠飲む。
あれ?あれ?
1錠だっけ?

Kちゃんとメールしてたけど、後で読んだら、文章メロメロ。
母と電話したけど、あんまり覚えてない。どうもそれまで黙っていた不妊治療のことを漏らしちゃったらしい。
トイレに行こうと思ったけど、風景がぐにゃ~と歪んでる。

はじめてマイスリーではじめてラリったようです。

夫から、電話で、帰ってからいつも二人でいく居酒屋で鳥のからあげ食べて日本酒飲んだ、という報告を受けた時点で記憶がなくなりました。


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入院1日目 part2 - いきなり先生の術前説明-

1月13日(木)

病室にたどりついて
すぐ看護士さんから病棟のざっとした説明を受け、
身長、体重、血圧をはかる。

荷物を片づていると、担当医というI藤先生が挨拶にやってきて
「いま、たまたまT崎先生が時間があいているので、手術の説明しますね。」

おいおい、明日の午前中じゃなかったんか?
母は明日の術前説明にくるつもりでいるぞ。

私の主治医はT崎先生、担当医はI藤先生、I部先生。3人体制だ。
I藤先生、I部先生は若い女性。20代後半~30代初めか。

11:00
説明室が埋っている、ということで病室で説明をすることに。
担当医の先生2人であれよあれよという間に、机といすを並べて準備完了。

T崎先生が入ってきて、説明開始。

結果からいうと、1時間6分にわたり懇切丁寧に説明をしてくださった。
なぜ、この治療が必要なのか、
慶応病院では治療Aはするが、治療Bはしない、それはなぜが、
ということを、過去のデータ、他病院での治療方法との違いを交えながら
詳しく説明してくださった。

私や夫からの質問に対しても、
「手術には直接関係ないですが」といいながらも
嫌がる顔もせずに、図を描きながら、回答。

父や母のがんの時も、術前の説明受けたけど、ここまで懇切丁寧な説明ではなかった。
感謝している。
T崎先生への信頼感が一気にアップ。

イギリス人の夫は
「僕のおばあさんのときも、おじいさんのときも、ぼくの膝の手術のときもこんな説明受けたことがない。イギリスではこんな丁寧な説明はない。このシステムはすごいね。」
と称賛。
ものすご~くびっくりしていた。


----先生のお話の抜粋--ほんとに抜粋--------------------------------------------------------


【現在の診断】

0期の扁平上皮がん
0期の腺がん

が疑われる。
腺がんは、最初の細胞診ではでたが、過去2回の組織診ではでていない。
が疑われる以上、通常よりも、円錐の高さを高め(2cmぐらい)に切り取る必要がある。

【もし手術しなかったら】

50%は0期のまま、残り50%は浸潤する


【手術の後遺症】


・術後の出血
傷口のやけどが治るのに6~8週間必要。
完全に治癒するには10週を要する。

出血は2週間目がMAXで、6週間は出血がだらだら続く。
先生の許可がでるまで、おフロ・性交はいけません。

大出血がおこったら、かならず病院に連絡すること。
「大出血」とは、生理のひどいのが30分ぐらいで続くみたいな感じ。
いままでの経験から、大出血をおこした人には、それなりの理由がある。
たいていは許可が出る前に、自転車のったり性交したりしていたことが原因。

・感染

傷口からの感染を防ぐため、術後1週間は抗生物質を飲む。
感染しやすいおフロもだめ。
38℃の熱がでたら、すぐ病院へ連絡すること。


・閉塞
1%の確率で子宮頚管の閉塞をおこす。
閉塞がおきると、、月経血が外に出ない「月経モリミナ」と呼ばれる症状をおこし、激しい生理痛になる。


・早産の可能性
通常で4%の早産率が、術後では10%の確率になる。
また、通常より早い週、30週~34週での早産がおこることが多い。
妊娠したら、かならず30週から医者に注意してもらうように促すこと。


【退院後の予定】
病理の検査結果は4週間後。
その検査結果によって、経過観察になるか、追加治療が必要かを判断。

経過観察なら、傷口が治癒したと思われたら(約10週後)、細胞診をおこない、
以降、3カ月ごとに2年間。

2年間なにもなければ、キャンサーフリーに。
「2年」の意味とは、2.4%~2.7%は2年間に再発する可能性がある。
再発は同じ場所(子宮頚部)


【質問と回答】


Q:妊娠を望んでいますが、いつごろから不妊治療を開始してよいのでしょうか。
A:術後4ヶ月もたてば、問題ないですよ。

*夫も私も、何かの文献やネットの情報から術後1年は無理だろう、と思っていたのでびっくり。
嬉しい。

Q:妊娠をした場合、早産を防ぐために子宮頚部を縛る「シロッカー」は処置してもらえるんでしょうか?
A:慶応病院では、シロッカーはしません。
過去処置していたことがありますが、思ったほど有効である、というデータがでてません。
個人的には、シロッカーが感染の原因となり早産を誘発する原因にもなることがあると考えてます。


Q:男性側のウイルスはそのままでも男性に問題はないのでしょうか。
A:ほぼ問題ありません。
なぜ男性がウイルスにかかってもがんにならないかというと、陰茎の上皮の構造と、子宮頚部の上皮の構造が異なるからです。
陰茎の上皮は厚くカバーされているので、ウイルスが侵入することがほとんどないので、気にすることはありません。


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入院1日目 part1 -出血の朝-


やっと入院時期のことを書く気力がわいてきた。
ここからは当時のことを回想してます。


1月13日(木)

本来なら、今日が手術日。
休みをとっていた夫が入院するのに一緒に来てくれる。
今日は一人でもいいよ、といったが荷物も多かったし、心強くなったし、
きてもらってよかった。

気になってるのは、今朝性交直後にあらわれた出血
ぎょっ
生理が術日にあたらないように、処方されたホルモン剤飲んでる。
生理のはずがない。
性交後の出血は、この病気の自覚症状の1つだ。
不安増大
いままでなかったのに!?入院当日にですか?!

10:00

あたふたしながら、いわれていた時間ぎりぎりに到着。

こんなに入院する人いるんですか、今日。さすが大学病院。
おっと、必要書類に署名をしてませんでした!
待ち時間にあわてて記入。
えんえん待って、やっと手続きの順番がまわってくる。

病室にたどりついたのは、10:30だ。

いや~びっくり。
旧館のほうだからか。古い。古い。
エレベータを上がり、長い廊下を抜けて病棟についたときに、目の前に立ちはだかったのは
鉄の扉だ。

えっ。ここは、旧共産圏の収容所ですか。

重い扉をあけると、細く長い廊下が続く。
お世話になる病棟だ。

お見舞いにきてくれたMちゃんが、
「理科室の匂いがする」
と表現した廊下。
たしかに。うまいこという。

手前は大部屋、奥が個室だ。
個室は広い。8畳ほどあり、古いながらも明るくて、
ちょっとほっとする。

・ベットの脇には、物入れとテレビ。テレビカードが必要だ。
・半畳ほどのクローゼット
・2人がけの小さいソファと、パイプ椅子

洗面台と、冷蔵庫もついてる。

これはうれしい。

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2011年1月12日水曜日

入院前夜

早めに仕事から帰宅して、入院に必要なものをパッキング。
思ったより荷物が多くなって、結局、キャリーバッグとボストンバッグ、リュックの3つに。

入院は一人でいくつもりだったが、もともと手術日予定で夫が休みをとってたので、一緒に来てくれると。よかった。この荷物を一人で運ぶのはちょい恥ずかしいぞ。
旅行に行くみたいだ。

結構用品は準備してたつもりのなのに、確認とパッキングで時間がかかって、
22時すぎに、夫と入院前の晩餐。

手術が無事終わってまたここに帰ってくることを祈って乾杯。
まだ風邪ひいてたんで、ワインは控え目、1杯で我慢。

早めにおやすみなさ~い。

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入院準備 ―持っていくものリスト―

三泊四日の入院に持っていくもの、リストにしてみた。
なんだか、結構な量になって、手荷物用のスーツケースにおさまらず、小さいボストン、リュックサックの3つに。

紙皿を用意してるにあたっては、夫に
「ピクニック、いくんかっ」
といわれた。しかし、お見舞いの人が来た時に、これが役にたったのだ。ね。

以下、持ち物リストです。3泊4日の量です。
衛生用品
ナプキン
必需品。夜用。病院から指定があった枚数よりかなり大目に持参。生理にあたったこともあって、これが役にたった 。売店でも売っている。
マスク
風邪引いてたから。他からも貰いたくなかったので。。
リップクリーム
冬だからかものすご~く乾いて痛くなるほどでした。
ハンドクリーム、洗顔シート、化粧水、乳液
化粧水の霧吹きがあると、顔にシュッとできて便利。
美容液シート
初日は暇なので、美容のために。
ティッシュ
ポケットティッシュ3個で十分でした。
ウエットティッシュ
小さいポケットタイプがあると便利。
ソフィ・デリケートウェット
内診前や、気になった時に。便利。
シャンプー、リンス、ボディーソープ、ボディタオル
必需品。病院のお風呂には、ついていません!
歯ブラシ、歯磨き、歯磨き用プラスチックコップ
必需品。
カミソリ、シェービングクリーム
石鹸つきのカミソリ持参。お風呂は好きな時間に入れません。術前に部屋でできるムダ毛対策用。
バスタオル
必需品。2枚。1枚手術用、1枚お風呂用。
ハンドタオル
必需品。3枚。
綿棒、ブラシなど
衣服
パジャマ
前開き。無印良品が安くてよいかも。私は母がかってきたクマちゃんパジャマ。
服、下着
カーディガンなど羽織るもの
必須。人が来た時にもいるし、出歩くときも必要。
スリッパ
かかとがあるものを、と病院からいわれ苦労して探して無印で購入。普通におっさんサンダルの人もいた。病院の売 店2000円ぐらいで販売。
半そでTシャツ
元気な入院一日用。
T字帯
必需品。病院の売店で購入。
台所用品
箸、スプーン、割り箸
病院では用意してません。ないと食事が食べれない!
お気に入りのコップ
紙コップでもいいけど、味気ないので、お気に入りのものを。
小さいおぼん。ふきん2枚ほど
折れるストロー
寝ながらペットボトルの水を飲むとき便利だった。
ふた付きコップ(ストローがさせるもの
全身麻酔で手術する場合、必需品。術後直後以外でも活躍。
紙コップ、紙皿
見舞い客がきたときに重宝。紙コップはお箸たてたり、ちょっとしたものいれたりするのにも便利。
魔法瓶ポット
3杯ぐらいはいるのにしました。暖かいお茶を飲むのに、いちいち給湯室にいかなくてすむので便利。
電子機器関連
ICレコーダーと電池
術前説明を録音しておきたかったから。
携帯電話と充電器
デジカメ
携帯で写真とったから使わなかった。
書類・文房具
入院用の手続き書類 一式
保険用の書類(診断書とか)
べつに入院のときでなくてもよかった。でも早く保険金を請求したい場合は。
印鑑、筆記用具(ノートとペン)
S字フック/ハンガー
袋をちょこっとかけたり、服やタオルをかけるのに便利。
その他
それまで飲んでた薬や、常薬。
持参して、担当医に必ずいうように指示された。
お財布やケイタイなど入れられる小さなバッグ
売店にいくとき便利。
大きめの紙袋
お見舞いなどもらって増えた荷物をいれるのに便利。
買い物なんかでもらうビニール袋、大小
使ったスリッパいれたり、濡れたタオルいれたり、便利。
お風呂道具をいれるバッグ
お風呂場に行くまでに道具や着替えをいれて
手術時に来てたものなど入れるビニールバッグ
必需品。私は、ディユーティーフリーのビニール製バッグに。
暇つぶしの本や雑誌
雑誌は売店でもたくさん売っていた。
持って行ったけど使わなかったもの。あったら便利かも
はさみ
使い捨てカイロ
点滴のところにあてたり、おなかにあてたりしようと思ったのに、温めると血流が良くなって痛みが増すからだめ です、と。
イヤホン延長コード
個室だったから必要なかった。他の人とシェアするなら必須。
ふりかけ、つけもの
ご飯が少なすぎて、おかずがあまるぐらいだったから。
手鏡
病室に洗面台があったので、特に必要なかった。




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再び入院の確認

入院が延びて13日。
今日もありました、入院係からの確認。

「13日から入院お願いします。個室Bです。」

入院日はずれたけど、個室は取れたらしい。
今日はさっさと仕事から戻って、ゆっくり入院準備しよう。

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入院日が延びた!

事務所にいると、12:00ごろ携帯に電話が。

「慶応の入院係です。
申し訳ありません。手術室の都合で、手術日をずらしていただくことになりました。入院も13日にお願いします。」

というではないか!
なんだそりゃ!こんな直前にそんなことってあんのか?
ついさっき、3時間前にコンファメーションしただろうに。

予定が変わってなんか心積りがハラホロする反面、1日伸びてよかった、っていう気持ちもあり。
今日は締め切りでたぶん夜中ぎりぎりまでかかるし、仕事の引継ぎにもう1日ほしいなぁ、と思ってたのだ。

ということで、

13日(水)入院
14日(金)手術
16日(日)退院

という日程に。

夫は13日が手術だとおもって休みをとっていてくれた。
でも14日は主催するカンファレンスがあって病院にはこられない。
すっごいショックがってた。
私も手術の前に夫に会えないの寂しいがしょうがない。

イギリスから一時帰国しているKちゃんが、私の"妹"として来てくれるというので、心強い。

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2011年1月11日火曜日

入院の確認

A.M.9:00 ごろ、慶応病院の入院係よりTELあり。

「入院予定の確認です。
明日12日より入院で15日退院ということでお願いいたします。」

ということだった。
個室が取れたらしい。よかった
大部屋で他の患者さんと仲良くなれるかも、というのも魅力的だったが、
本とに仲良くなれるかわかんないし、
人がいるとやっぱ休まんないし、
なにより、私のいびきがすごすぎて、他の患者さんが休めない!

ということで、個室希望だったのだ。
でも直前までどの病室に入るかわかりませんっていわれてた。

「風邪ひいてるんですけど、大丈夫なんでしょうか?」

週末も結局休めずずっと事務所に出ていたため、風邪からの回復が遅い。

婦人科の先生に電話を回してくれたので、もう一度確認すると
「とりあえず入院はしてもらって、術前の血液検査の結果で、手術可能か判断します。」
とのこと。

そうなんだ。入院はするのね。大丈夫だといいなぁ。

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2011年1月6日木曜日

クリスマスの終わり

今日は1月6日。
公顕祭とよばれる、クリスマスの最終日だ。
家のクリスマスデコレーションを片付けなくてはならない。

夫が
「一緒に片付けよう」
と待っててくれたが、仕事が終わらず、
帰宅すると、夫一人で片付け終わっていた。

ちょっと寂しいけど、
また今年の12月に会いましょう。

私は風邪気味で、体調が芳しくない。
年始挨拶周りで、クライアントの一人がぐずぐずいっていた。
"うっつったらやだな~"
なるべく近づかないように、体をそらしてたのに
ばっちしもらってきてしまったようだ。

13日の手術までに直さないと、手術できなくなっちゃう。
ショウガをたっぷりとって、今日は早く休もう。


2011年1月4日火曜日

親に言う

あけましておめでとうございます。今年はいい年になりますように。

手術のことを、親にいつ言うか。
入院の日程も決まり、2010年から持ち越していた問題。

31日から夫と私の実家に戻り、のんべんだらりと過ごしながらも、頭はそれでいっぱい。
3日には仕事が始まるから、2日中には言わなくてはならない。

夫が、
「お昼を食べ終わって、皆でお茶しているときはどう?」
というので、そうすることにする。

皆でうどんをすすり、ほうじ茶で一息を入れているとき、
「今だと思う?今かなぁ?」
何度も、夫の顔を見ながら、タイミングを計るが言い出せない。

妙な沈黙が続いた気がするが、べつに父も母も気にとめてないようだ。
 結局、言い出せないうちに、母はキッチンに戻り、父はコンピュータに向かい始めた。

「じゃ、夕飯の後だね。とりあえず、初詣いこ。」

夕飯も、シャンパン、ワイン2本をあけ、陽気に過ぎる。
しかし、もう夜も深まってきた。父がそろそろ寝にいく時間だ。

言わなきゃ。言わなきゃ。
夫の顔を見る。夫も私の顔を見てる。
でも、私は何も言い出せない。

さすがに父と母が怪訝そうな顔をしている。

見かねた夫が切り出した。
「sakana-chanから話があります。sakana-chanはこの間、がん検診に行きましたね。そのときにちょっと異常が見つかりました。」

私は両親の顔が見れない。
思わず涙があふれ、ティッシュでぬぐう。

「子宮がん健診で、高度異型性というのが見つかって、もっと詳しい検査をするために今度入院する」

実際よりちょっと軽めに伝えた。

そんなん、何でもないことなんだから、泣かなくてよろしい。
検査なんだから、誰でもしてることだ。
いずれにしても、早くに見つかってよかったじゃないか。

父は、私を励ますつもりで、"何でもないことだ"ということを強調している。
母はさすがに女親だけに子宮頸がんのことも知ってたし、どっしりしてる。

一度伝えてしまえば、こっちのもんだった。
今までの経緯や保険のことなど、ようしゃべった。

しかし、父にはやはりショックだったようだ。
私と母が話しているのを聞いているのか、聞いていないのか。
普通であればベッドに入っている時間なのに、私たちには背を向け、リビングのソファに座ってずっとテレビに向かっていた。

でも、親に言って、つかえが取れた。一つ問題クリアだ。

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